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雑多に書いています

ウィリアム・ゴールディングの「蠅の王」を読んだ

本屋にふらっと立ち寄ったときに、表紙が赤くてかっこよかったため惹かれ、裏表紙のあらすじも面白そうだったので買いました。 文庫本で300ページほどの小説で、感想を書くとネタバレが避けられない類の小説ですので、ネタバレ有りで感想を書こうと思います。

あらすじ

疎開する少年たちを乗せた飛行機が、南太平洋の無人島に不時着した。生き残った少年たちは、リーダーを選び、助けを待つことに決める。大人のいない島での暮らしは、当初は気ままで楽しく感じられた。しかし、なかなか来ない救援やのろしの管理をめぐり、次第に苛立ちが広がっていく。そして暗闇に潜むという“獣”に対する恐怖がつのるなか、ついに彼らは互いに牙をむいた―。

感想

序盤は、ページをめくる手がちょっとスローペースでした。主人公であるラルフへの共感がなかなかできなかったからです。特に、あるシーンが自分の心の中でうまく消化しきれませんでした。そのシーンというのは、主人公にあたるラルフという少年と、たまたま彼の近くに漂流したピギーという少年が最初、ともに浜辺を歩いているのですが、ピギーが「自分は学校ではピギー(豚)と呼ばれていたけど、その名前だけでは呼ばれたくないから、みんなには別の名前で読んで欲しい」というような話し合いから展開される一連の流れです。のちに、漂流者たちが集まった会合で、ラルフは特に深い意図もなく、彼のことを「ピギー」とみんなに紹介し(そう呼ばれたくなかったのに。)、ピギーはみんなに笑われ、のちにピギーがその件についてラルフに怒って、「言わないでくれって言ったじゃないか!」と詰め寄るんですが、ラルフが約束を破ってあだ名を公表したことについて特に謝らない、という展開が、自分に悪い印象を残しました。

三人称視点で書かれているということもあり、なぜあだ名を公表したのか、またラルフがピギーに詰め寄られたときどういう感情だったか推察する手段はあまりないのですが、人物同士の関係性が曖昧な序盤において、「主人公であるラルフが大していいやつじゃない」というように自分は感じられたので、「うーん…」となってしまいました。まあ、ラルフは集団のリーダーにもなるので、あんまりぺこぺこ周りに謝れるわけでもないとは思うんですが、やっぱり、主人公は共感できる人物である方が、ページを読む手が進むというもの。

それ以降も、「ピギー」が周りから過小評価され続ける小さないじめ・排斥が続くため、「これ、ピギーがみんなにガチギレして復讐する話なんか?」 とも思いましたが、中盤移行は、様相が変わって、「豚肉 vs 火(のろし)」、どちらが大事かという戦いになり、ラルフは火(のろし)こそ最も重要だと強く主張する人物になるので、そこで主人公に共感できて、物語が展開していった感じがありました。

自分が好きなシーンが以下です。

枝のまだ燃えていない部分が横たわっている黒と白の焚き火の残骸を見て、ラルフは顔をしかめた。自分の気持ちを説明しようとした。

「ぼくは怖いんだ」

ピギーが顔をあげるのが見えた。ラルフはつかえながらも後をつづけた。

「<獣>のことじゃない。いや、それも怖いけど。誰も火の大切さをわかっていないのが怖いんだ。溺れているときにロープを投げてもらったり、お医者さんにこの薬をのまないと死ぬからのみなさいと言われたりしたら――ロープを掴むし、薬をのむだろう? そうするだろう?」

「ぼくはそうするよ」

「それがあいつらにはわからないんだ。理解できないんだ。煙の合図を出さないとここで死ぬんだってことが。ほら、あれを見ろ!」

熱された空気が灰の上で揺らめいていたが、煙は全く出ていなかった。

「ぼくたちは火をひとつ燃やしておくことすらできない。でも、あいつらは気にしないんだ。そしてもっとやりきれないことに――」ラルフはピギーの汗を流している顔に目をすえた。

「もっとやりきれないことに、ぼくもときどきそうなるんだ。でも、ぼくまでそうなったら――気にしなくなったら、ぼくたちはどうなるだろう」

(蠅の王<ハヤカワepi文庫> p.245-246)

自分にとっても周りにとっても、たしかに「正しく見えるはずの自分の正義」が、一定の集団の中において全く効力を持たない。そのとき、その正義を捨てて、集団の価値観に染まるのか、それとも自分の正義を捨てないのか。

たしかに、火(のろし)が万能というわけでもありません。船を呼ぶはずの「のろし」が本当に今の状況で効果的なのかどうかわからないし、のろしを上げるのに苦労しすぎて、食べ物を十分に採取できないといったこともクリアしなければならない。ただ、自分は火が最も重要であるラルフの考えの方がより「生き残るために適している」と考えたので、ラルフを応援しました。

ネタバレなので、もう展開について述べますが、ラルフは負けます。(読みながら、負けるだろうなーと思っていた。)。それも、野性的な力によって負けます。やっぱり、一度暴力が強い力を持つと、それを覆すのは厳しいですね。とくに、ラルフは豚肉派のリーダーに恨まれていましたし、向こう側は派手な化粧を行って、自分の顔色などを匠に隠しもするようになっていたので、理性的な話し合いがもはや通じはしないという状況でした。

これは自分の感想ですが、人間の感情同士の「ねじれ」が発生すると、なかなか解消が大変だよなあと思いました。仲間を殺されると、もう、理性的な話し合いで解決するという、その土台を築きようもありません。相手に対する強い恨み、復讐心が燃え、そして、それを解くためには、相手を「信頼する」必要がある。でも、殺人を犯す相手を、懐に凶器を隠しもつ人間を、どうやってかんたんに信頼できるでしょう。

最後に現れた人物が「もっとうまくやれそうなもんだがな」といいますが、まさにそう思います。もっとうまくやれそうなもんなのに。だって、食料は豊富な島で、火だって漂流の早い段階で起こすことができたんだから。

ただ、何かがずれてしまった。あえて、ラルフに原因の一つを求めるとしたら、それは彼が「言葉の力」を持たなかったことかな、とも思います。ラルフは、「ぼくがリーダーだ!」「ぼくがほら貝を今もっている!(発言権をあらわすルール)」とやたらに繰り返し、一度決めたルールを絶対的に押し付け、周りに従わせようとする素振りも見られます。こういった非柔軟な姿勢が、信用力を落とし、「全員が助かるためには、火がなによりも大切である」という、本当に伝えたかったメッセージの力を落としてしまったのかな、とそんなふうに思いました。

と、ひさしぶりに真面目な感想でした。面白かったです。ただ、このあとに読んだツルゲーネフの「初恋」が自分に強く響いたので、それについての感想もまた書きたいです。

以上です。